宿院頓宮について

宿院頓宮の由緒

住吉と大鳥、両大社の御旅所

宿院頓宮は、かつての摂津の国一之宮、住吉の御旅所(おたびしょ)として、設置されました。古くより夏越の祓に住吉大社より神輿を迎えて、境内西側にある飯匙堀で『荒和大祓神事』が行われてきました。

由緒書によると広さは「東西84間 南北60間」とあり、広大な神域でありました。

明治8年8月1日より住吉大社と大鳥大社、両社の御旅所となりました。

宿院頓宮および関連神社の年表

年代不詳 住吉大社の御旅所として設置
706年
(慶雲3年)
大鳥井瀬神社 創建
1816年
(文化13年)
波除住吉神社 創建
1860年
(万延元年)
波除住吉神社を旧堺港小波止へ遷座
1875年
(明治8年)
大鳥大社の御旅所となる。
1878年
(明治11年)
大鳥井瀬神社を大鳥大社境内へ遷座。
1921年
(大正10年)
波除住吉神社を宿院頓宮境内へ遷座。
1922年
(大正11年)
大鳥井瀬神社を宿院頓宮境内へ遷座。
1945年
(昭和20年)
堺大空襲により社殿焼失。
1949年
(昭和24年)
社殿再建

宿院頓宮の境内

飯匙堀 いいかいぼり

海幸山幸神話の彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が海神よりいただいた『潮満珠(しおみつたま)』『潮干珠(しおひるたま)』を埋めた場所と言い伝えられており、雨が降っても一年中、空堀という特徴があります。

堀の形が飯匙に似ていることから、『飯匙堀(いいかいぼり)』と名付けられたと言います。夏祭りにはこの堀で、荒和大祓神事が執り行われます。

2015年には改修工事が行われ、新しくなりました。

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兜神社 かぶとじんじゃ

神功皇后が韓征伐より堺に帰られた際に兜を埋め、戦勝を祝ったことから、この場所が兜神社となりました。
同社は明治41年に開口神社に合祀されました。

名越の岡 なごしのおか

明治の頃まで御旅所(おたびしょ)の東方に小高い丘があり「名越の岡」と言われていました。 現在は丘はなく、頓宮の中庭に刻まれた石柱が残っています。

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